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福岡高等裁判所 昭和37年(ネ)605号 判決

控訴人(原告)破産者 荻本又喜

破産管財人 広石郁磨

被控訴人(被告) 熊本国税局長・国

訴訟代理人 樋口哲夫 外三名

主文

原判決中被控訴人熊本国税局長が熊協第一〇四五号審査請求事件について、昭和三五年一二月二七日になした審査請求棄却決定のうち破産者荻本又喜に対する昭和三四年度所得税一、四二七、九〇〇円の交付要求に関する部分を取消し、右部分に関する決定を取消す。

被控訴人熊本国税局長に対するその余の控訴、及び被控訴人国に対する本件控訴を棄却する。

訴訟費用中控訴人と被控訴人熊本国税局長間に生じた部分は第一、二審とも一〇分しその一は控訴人の、その余は右被控訴人の負担とし、被控訴人国との間に生じた控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す、被控訴人熊本国税局長が熊協第一〇四五号審査請求事件について昭和三五年一二月二七日になした審査請求棄却決定を取消す、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人熊本国税局長の負担とする。仮に右の請求が認められないときは、控訴人と被控訴人国との間において破産者荻本又喜に対する昭和三四年度所得税一、四二七、九〇〇円および同年度個人資産再評価税三四、〇〇〇円の債権は破産者荻本又喜の破産財団債権として存在しないことを確認する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人国の負担とする。」との判決を求め、

被控訴人ら指定代理人は「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、

控訴人において「一、破産財団は法人であるが、仮に法人でないとしても所得税法一条六項により法人とみなすべきである。したがつて破産財団に属する財産の処分の効果はすべて権利主体たる破産財団に帰属すべきであり、少くとも税法上の効果は破産財団に帰すべきものであるから、右財産処分が破産者に対する個人所得として課税の対象となる筈はない。換言すれば所得税法は破産財団に属する財産処分を課税対象としていない。二、破産法四七条二号にいう破産財団に関して生じる租税は、直接的に発生するものに限られるところ所得税は破産財団に属する財産の譲渡所得をも課税物件の一つとするものであつても、破産者の他の全所得と合算され、反面諸控除がなされた上で発生し、譲渡所得そのものから直接的に発生するものではないから、本件租税債権が財団債権とならないことは明らかである。」と述べたほか、原判決に摘示するところと同じであるからこれをここに引用する。

理由

一、昭和三三年一二月三〇日荻本又喜が山梨銘醸株式会社に対し、酒造権(酒造用米の配給を受ける地位)二五〇石分を管轄行政庁の認可があることを条件として、代金七五〇万円で譲渡し内金二五〇万円は同日、残金五〇〇万円は右認可があつたとき支払を受ける旨の契約を締結し、即日右内金二五〇万円を受領したこと。ところが昭和三四年一月二三日午前一〇時右荻本又喜(以下破産者という)は大分地方裁判所において破産の宣告を受け、控訴人がその破産管財人となつたこと。控訴人は債権者集会の決議を経て昭和三四年九月一四日臼杵税務署長から前記酒造権譲渡契約に対する同意を受け、山梨銘醸株式会社に対し、右譲渡契約の履行を求め、同月二八日同会社から残代金五〇〇万円を受領したこと(この点は以下符号(イ)を以て略示する)。破産者が所有していた不動産は株式会社西日本相互銀行から別除権の行使として競売申立がなされ、昭和三四年一一月七日一、七〇一、八四六円で競落となり、同月一二日競落許可決定の上、同年一二月一一日右競落代金が納付されたこと(この点は以下符号(ロ)を以て略示する)。破産者は右(イ)及び(ロ)につき昭和三四年度分の所得税確定申告(申告額一、四二七、九〇〇円)を、また(ロ)につき個人資産再評価税の申告(申告額五六六、八〇〇円)をなしたこと。昭和三五年三月一六日臼杵税務署長は破産者の昭和三四年度所得税滞納金一、四二七、九〇〇円及び同年度個人資産再評価税滞納金三四、〇〇〇円について、財団債権であるとし、控訴人に対し滞納処分としての交付要求をなしたこと。そこで、控訴人は右租税債権は、財団債権にならないから右交付要求は不当であるとして、昭和三五年四月四日臼杵税務署長を経て被控訴人熊本国税局長に審査請求をなしたところ、右国税局長は同年一二月二七日右租税債権は破産財団を構成する財産の処分により発生したものであつて、これらの財産処分は破産債権者の共通の利益に帰するものであるから、破産法四七条二号但書該当の財団債権であるという理由から審査請求棄却の決定をなしたこと。以上の事実は当事者間に争いない。

二、そこで、先ず所得(及び再評価益)の存否並びにこれが何人に帰属するかについて考える。およそ、資産を譲渡して取得価額、設備費及び必要費などを超える差益があれば、そこに所得税法にいう譲渡所得が生じ、たとえその譲渡が債務の支払を目的としその換価代金が弁済に充てられるものであつても、右にいう所得は起り得るので、債務の支払を目的とする破産的清算のため、破産財団を構成する個々の財産を譲渡しても、換価による差益がある限り、右にいう所得は生じる筋合である。

ところで、破産宣告により破産者は所有財産に対する管理処分権を失うことはいうまでもないが、これにより所有権まで喪失するものではなく、破産者は破産宣告前より有し且つ破産財団に組入れられた個々の財産につき依然として権利主体であるから、破産手続による右財産の換価処分の効果はすべて破産者に帰属するものというの外なく、前記(イ)及び(ロ)の財産譲渡による所得は破産者荻本又喜に生じるものと解すべきである。この理は破産財団に属する財産の評価益についても異るところはない。

控訴人は清算的所得は所得税法にいう所得にあたらずと主張し、更に破産財団を法人であるとし、右所得及び再評価益の帰属主体を破産財団と主張するけれども、所得税法は所得につき右主張の如く区別を設けてこれを除外してはいないし、また破産財団を法人とする実定法上の根拠(所得税法一条六項はその根拠とならない)はないので、控訴人のこの法律上の主張は採用できない。

三、次に、前示所得税及び資産再評価税が本件破産財団の財団債権となるか否かについて検討する。

所得税の課税対象となるべき譲渡所得は目的資産が譲渡されたときに発生し、個人資産再評価税にいう再評価益は当該資産が基準日以後に譲渡されたとき再評価が行われたものとみなされるところ、前示(イ)の酒造権の譲渡契約は所管行政庁の認可があることを条件としたものであり、且つ右契約にいう酒造権の譲渡は酒税法上監督官庁の認可がなければ譲渡の効力を生じないものと解されるので、前記臼杵税務署長が同意即ち認可をなした昭和三四年九月一四日に右譲渡の効果が生じると共に、該譲渡所得が発生したものというべきであり、(ロ)の不動産の所有権が移転し、その譲渡所得及び資産再評価益が生じたのは、競売手続において競売代金が納付された昭和三四年一二月一一日というべきである。したがつて本件租税債権はいずれも破産宣告後の原因にもとずく請求権であることは明らかであつて、臼杵税務署長もこれにもとずき課税の手続をなしたものである。このことは被控訴人熊本国税局長が本件審査請求棄却決定の理由として、右租税債権を破産法四七条二号但書を援用し破産宣告後に生じたものであるとしているところ(前記一、参照)に徴しても明らかである。

そこで、右の所得又は再評価益を課税原因として発生すべき所得税及び再評価税が財団債権となるためには、破産財団に関して生じたものであるか否かを考えてみなければならない。

破産法四七条二号に依れば、租税債権が破産宣告前に生じておれば、すべて財団債権となしているが、破産宣告後の原因にもとずくものであれば、破産財団に関して生じたものに限り、財団債権となしている。この点からみれば、破産宣告前に破産者との間に既にその原因が生じたものであれば、物的債務はもちろん、本来債務者の人的債務と目すべきものでも、租税債務(国税徴収法又は国税徴収法の例により徴収することができる公租公課を含むが本件では租税債務だけを考えれば足る)である限り、無差別的に財団債権としての取扱をなしているが、これは結局本来財団債権たる実質を有しないものでも、租税の公共性にかんがみ財団債権に加えて、特別の取扱をなしたものと解される。しかし破産宣告後に原因が生じた場合は、右の無差別的な取扱を制限し、破産財団に関して生じたもののみを財団債権となし、以て財団と無関係な租税を除外して、右にいう特別の取扱をなしていない。したがつて破産宣告後における租税が財団債権となるか否かは租税と財団との関聯性のみによつて決定せられることとなる。しかして右の関聯性は破産財団を構成する財産そのものと関聯して生じるもの、いいかえれば、課税客体が何人に属してもその課税に変化がないものに限定され、破産者との人的関聯ある租税債務を含まないものといわなければならない。かく解しないと、破産法四七条二号の但書を以て、前示のとおり区別をなしたことの意義が失われることとなる。

ところで、破産財団を構成する個々の財産の譲渡処分が破産財団に関するものであることは明らかであり、更に本件租税債権は右財産の譲渡に伴い所得が生じたこと及び再評価されたことにそれぞれ基因するものであるから、いずれも破産財団と無関係に生じたものとはいえないようであるが、しかし右のうち譲渡所得は人の全所得のうちの一つにすぎないものである。しかるに所得税は個人の全所得(但し退職所得及び山林所得は例外的に分別される)を綜合したものを以て課税物件とするものである。すなわち譲渡所得はもちろん極めて人的色彩の強い給与所得、事業所得などの一暦年における各所得が結合され担税力に適合する課税を実現するために、必要経費等の損益通算や各人の事情に応じ扶養控除、不具者控除、災害、医療控除などの所得控除がなされ、かような総合所得に対してその税額を累進的に定めるものであり、個々の所得形態の現実化を個々にとらえて課税するもの(例えば譲渡所得に対し譲渡所得税という如く)ではない。また右所得は破産者の自由財産に属すると破産財団に属するとを問わないものである。したがつて所得税は個々の所得そのものに課税するのではなく、所得者の人的給付能力に応じ総合的に課税するものであるから、破産の場合をとれば破産者の人的租税債務であることは明らかである。かかる人的税である所得税は、破産宣告後のものである限り、財団債権となるものではないといわなければならない。故に、右譲渡所得そのものは破産財団に関するものといえるとしても、本件所得税自体を破産財団に関するものということはできない。けだし、所得税がこの場合譲渡所得を主因とするものであつても、所得税である限り前記のとおり譲渡所得のみによつて発生し確定するものではなく、全所得により所得主体に対して発生し、且つ総合的に税額決定がなされる性格を失うものではなく、そうである限り、譲渡所得に限らず全所得(例えば給与所得など)を含む課税となるべきものであるから、これを財団債権とすると、破産財団と全く無関係な税金まで組入れられることとなるからである。したがつて、本件所得税を財団債権ということはできない。これに反し、再評価税は資産の譲渡に伴い再評価とみなされる場合は、これによつて生じる個々の評価益そのものを課税物件とするものであるから、そこには所得乃至所得税におけるような人的要素が加味されず、右評価益が何人に帰属するものであつても、これによつて課税が影響されるというものではなく、固定資産税又は酒税などに類似するいわゆる物的税ということができる。本件再評価税は破産財団に属する不動産の譲渡に伴う再評価益に対する課税であるから、いうまでもなく破産財団に関して生じたものであつて、再評価税の性質からみても、これを財団債権から除外すべき理由はない。

右に示した判断と異り、所得税の点につき被控訴人らは、譲渡による換価代金に含まれる譲渡差益が破産債権の弁済にあてられる限り、破産債権者の共同の利益に資するから、これにもとずく所得税も破産財団に関して生じる物的税と同じく、財団債権とみるべきであると主張するけれども、前示のとおり所得税は破産財団と無関係な所得まで綜合されて課税されるものであるから、これを財団債権とすると、破産財団と関係のない租税までが組入れられて、破産法四七条二号但書に反するのみならず、これにより破産債権者共同の利益を害する結果となる。また個個の譲渡所得により該部分に対する所得税の債権債務関係は抽象的に発生し、その限りでは破産法四七条二号但書をみたすと考えても、かような個別的な所得部分に対する税金のみを取り出して具体化することはできず、常に全所得の総合によらなければ決定されないので必然的に破産財団に関係のない所得に対する租税債権を抱込む結果を免れない。次に、再評価税につき、控訴人は再評価税は人税であるから財団債権にならないと主張するけれども、これを破産財団に関係なき人税とみるべき理由を見出すことはできない。したがつて、これらの法律上の主張はいずれも採用することができない。

四、以上によれば、本件譲渡所得((イ)及び(ロ))は破産者荻本又喜の所得であつて、その申告(破産者荻本のこの所得申告及びつぎの再評価の申告が、いずれも有効なることは原判決の説示するとおりであるから、該部分の理由記載をここに引用する。)を経て、確定された所得税一、四二七、九〇〇円は破産宣告後に生じたもので、破産財団に関して生じたものではないと認められるので、これを財団債権として、臼杵税務署長がなした交付要求は適法ではない。しかし前記(ロ)の不動産譲渡に伴う個人資産再評価税三四、〇〇〇円(この税額については控訴人の争わないところである。)は右破産財団の財団債権であつて、これを同税務署長が財団債権としてなした交付要求は適法といわなければならない。してみれば、被控訴人熊本国税局長がなした本件審査請求棄却決定のうち、右所得税に関する部分は違法というべきであり、再評価税に関する部分は適法であるから、控訴人の本訴請求中、前者に関して右棄却決定の取消を求むる部分を認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

五、控訴人の被控訴人国に対する請求についてみるに、その請求は被控訴人熊本国税局長に対する請求が認められないときのものであるところ、前示のとおり所得税に関する部分についてはこれを認容し、更に再評価税に関する部分は財団債権と認むべきものであるから、結局その請求は失当として棄却を免れない。

六、よつて、右の判断と異る原判決は相当でないので、被控訴人熊本国税局長に関する部分の一部を取消し、その余の部分及び被控訴人国に対する控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条九五条八九条九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 池畑祐治 秦亘 平田勝雅)

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